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名古屋地方裁判所 昭和44年(行ウ)40号 判決 1971年8月28日

原告

渡辺合資会社

右代表者清算人

渡辺千秋

代理人

柘植欧外

竹下重人

被告

津島税務署長

尾崎忠夫

代理人

山田巌

外四名

主文

一、本件訴え中、被告が、原告の昭和三六年六月一日から昭和四一年五月三一日までの五事業年度の清算所得につき、昭和四三年六月二九日付でした清算所得金額を二、三〇五万一、四五一円、法人税額を一、〇三七万〇七〇〇円とした更正処分のうち、清算所得金額九八七万九、一五一円、法人税額三一六万九、〇〇〇円を越える部分ならびに同日付でした三六万円の過少申告加算税賦課決定処分の各取消を求める部分を却下する。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、被告が原告の昭和三六年六月一日から昭和四一年五月三一日までの五事業年度の清算所得につき、

(1) 昭和四三年六月二九日付でした清算所得金額を二、三〇五万一、四五一円、法人税額を一、〇三七万〇、七〇〇円とした更正処分および昭和四四年七月八日付でした清算所得金額を二、四〇〇万八、〇〇〇円、法人税額を一、〇八〇万一、八〇〇円とした再更正処分のうち、清算所得金額九八七万九、一五一円ならびに法人税額三一六万九、〇〇〇円を超える部分

(2) 昭和四三年六月二九日付でした三六万円の過少申告加算税賦課決定処分

(3) 昭和四四年七月八日付でした二万一、五〇〇円の過少申告加算税賦課決定処分

はいずれもこれを取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、本案前の申立

原告の訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、本案の申立

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、原告は、昭和四三年六月一五日不動産の使用収益、殖産改良、植林などの事業を営むことを目的として設立され、毎年六月一日から翌年五月三一日までを事業年度とする合資会社であつたが、昭和二二年四月三〇日解散し、同年五月九日その旨の登記をした。

二、そして、原告は、訴外税理士神野清次(以下、訴外神野という)を代理人として、昭和四二年六月一九日被告に昭和三六月六月一日から昭和四一年五月三一日までの五事業年度の清算所得につき、予納申告をしたうえ、清算所得金額を九八七万九、一五一円、法人税額を三一六万九、〇〇〇円とする確定申告をした。

三、ところが、被告は、これに対し、昭和四三年六月二九日付をもつて、清算所得金額を二、三〇五万一、四五一円、法人税額を一、〇三七万〇、七〇〇円(これによつて納付すべき差額七二〇万一、七〇〇円)とする更正処分(以下、本件更正処分という)および過少申告加算税を三六万円とする賦課決定処分を行つた。

四、そこで、原告は昭和四三年七月一八日、被告に右各処分について、異議申立をしたところ、被告は同年一〇月一六日、右申立を棄却する旨の決定をしたので、原告は同年一一月八日、訴外名古屋国税局長に審査請求をしたところ、同局長は昭和四四年五月二二日、右請求を棄却する旨の裁決をし、その通知は、同月二三日原告に到達した。

五、ところで、同局長は、右裁決の理由中で、前記更正処分には当該事業年度中の法人税等の税額の計算につき誤りのあることを指適したので、被告は、右裁決の理由に従い、昭和四四年七月八日付をもつて、原告の清算所得金額を二、四〇〇万八、八三一円、法人税額を一、〇八〇万一、八〇〇円(これによつて納付すべき差額四三万一、一〇〇円)とする再更正処分(以下、本件再更正処分という)、およびこれにより過少申告加算税をさらに二万一、五〇〇円賦課する決定処分を行つた。

六、しかしながら、本件更正処分および本件再更正処分のうち、清算所得金額九八七万九、一五一円ならびに法人税額三一六万九、〇〇〇円を超える部分、ならびにそれらと同時になされた各過少申告加算税の賦課決定処分は、いずれも違法であるので、取消されるべきである。

(原告の主張)

一、原告は、解散当時、名古屋市港区南陽町と愛知県海部郡十四山村にそれぞれ土地を所有していたが、当時右土地の処分が困難であつたうえ、昭和三四年九月の伊勢湾台風の際、備付の帳簿書類の大部分を流失したため、その清算事務は困難となり、遅延していた。

二、しかるところ、原告は昭和三六年一一月にいたり、前記南陽町の土地を売却処分することができたので、訴外神野に対し、これによつて生ずる清算所得に対する法人税の申告手続を依頼した。そこで、訴外神野は昭和三七年はじめごろ、所轄の津島税務署法人税係官のもとへ出頭し、会社関係資料の一切が失われている実情を説明し、右土地売却処分にともなう清算所得の算出方法につき、指導をあおいだところ、右土地については、資産再評価法(昭和二五年法律第一一〇号)施行の最終年である昭和二八年度において資産再評価をしたものとして清算所得を計算するほかはない旨の助言を受けたので、昭和三六年六月一日から昭和三七年五月三一日までの事業年度につき、右方法により清算所得を計算し、予納申告をした。しかし、右土地の売買代金が未収であつたので、原告は、右予納資金に窮し、被告の了解のもとに、ひとまず右申告を撤回した。この間、同署係官からは、右申告の方法およびその内容につきなんらの指摘も受けず、また、右予納申告が不必要である旨の指導を受けたこともなく、一方、訴外神野は、その後、同署係官に対し、逐次原告の清算事務の進行状況を報告していた。

三、さらに、訴外神野は、昭和四二年はじめころ、前記各土地の換価が終了し、原告の残余財産の額が確定したので、再度同署係官と協議の結果、右各土地の帳簿価格については、解散時である昭和二二年四月三〇日現在の帳簿価額六万四、七二二円五四銭が計上されていたことが認められたが、その後の経済事情の激変や資産再評価法の実施などに照らせば、解散時の帳簿価額を取得価額として譲渡差益を計算することは、はなはだ不当な結果となることが明らかであつたので、原告において、前同様、資産再評価法施行の最終年である昭和二八年度に再評価をしたものとして清算所得を算出することおよび予納申告については、時効期間内の五年分を同時に提出することにつき、重ねて同署係官の了解を得た。

四、そこで、訴外神野は、前記土地の昭和二八年当時の相続税評価額、再評価倍数などを参考として、その再評価額を計算した結果、原告は昭和二八年六月一日現在において、一、三一一万五、三〇〇円の資本積立金を有することとなつたので、これを前提として清算所得額および法人税額を算出し、前記のとおり予納・確定の各申告をし、納税した。なお、この際にも、予納申告が要らないとの説明はまつたくなかつたものである。

五、以上のよううに、原告は同署係官の指導ないし助言のもとに、過年度における再評価積立金を計上し、これを前提として清算所得額を算出したものであつて、被告は、これに基づく予納申告を是認しておきながら、確定申告の段階にいたつて、前記各項記載の事情について、十分な事情聴取もせず、一転してこれを否認したものであつて、被告のした本件更正処分および本件再更正処分は、この点において信義則に反し、更正権限を濫用したものというべきである。また、前記各過少申告加算税の賦課決定処分は、前記各項記載の経緯で資本積立金をされるにいたつたことをまつたく無視し、これを全面的に否認する前提に立つてなされたものであるから、国税通則法第六五条第二項に違反する処分として取消されるべきである。

(本案前の抗弁に対する原告の反論)

被告主張の本案前の抗弁はいずれも理由がない。すなわち、右国税通則法(昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法をいう。以下同法を単に通則法という)第二九条施行後は、更正・再更正の各処分はそれぞれ独立してその効力を生じ、両者は並存するものである。ことに、同法第八一条、第八七条第一項第三号および過少申告加算税の賦課決定処分が後の処分に吸収されて消滅することがないとの規定(同法第六五条第一項)などを合理的に解釈すれば、両処分は並存するものと解さなければならない。

本件再更正処分に対しては、審査請求に対する裁決を経る必要はない。すなわち、本件再更正処分は、請求原因四記載の訴外名古屋国税局長の裁決が、被告の本件更正処分を維持しつつ、被告のなした公租公課の計算に誤りのあることを指摘している点にそつて計算をしなおしたものにすぎない。したがつて、このような本件再更正処分について再度異議申立をなしたところで、訂正される見込みはないといえるから、右申立をなすことなく、ただちに再更正処分の取消を求めることができるものである。仮りに、右主張が認められないとしても、本件のように、第一次更正処分に対する裁決後、その更正処分に対する出訴期間内において、当初の更正処分の理由を維持したうえで所得金額および税額を増加する再更正処分がなされた場合において、裁決済の当初の更正処分に不服である者は、再更正処分について、あらためて不服申立手続を経由するまでもなく、ただちに訴えを提起することは、通則法第八七条第一項第四号(現行法第一一五条第一項第三号)後段の「正当な理由」があるか(東京地判昭和四四年三月二六日、行集二〇・二、三・二六六)、あるいは通則法第八七条第一項第三号の趣旨に照らして適法な訴と解釈すべきである。

(被告の主張に対する原告の答弁)

被告が一、本件課税の根拠において主張する事実中、(一)の事実は認め、(二)の事実は残余財産の価額のうち未払金四六五万二、八二〇円および資本積立金がそれぞれ計上されているのは不当であるとの点を争い、その余はいずれも認める。

被告が二、信義則違反について仮定的に主張する事実中、原告が帳簿価額を秘して相談した点を否認する。

(請求原因および原告の主張に対する被告の答弁)

一、請求原因第一ないし第五項の事実はいずれもこれを認める。

二、原告の主張第一項の事実は知らない。

同第二項の事実中、原告主張の土地がその主張のころ他へ処分できたこと、原告が訴外神野に法人税の申告手続を依頼したこと、訴外神野が原告主張のころ、同署係官のもとへ出頭し、原告会社係資料の一切が失われている実情を説明し、右土地の処分にともなう清算所得の算出方法につき、相談したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同第三項の事実中、原告主張のころ、原告の残余財産が確定したことおよび解散時原告所有の土地の帳簿価額が原告主張のとおりであつたことを認め、その余をすべて争う。

同第四項の事実中、訴外神野が原告主張の事項を参考として再評価額を計算したことは知らない。訴外神野が、原告主張の額の資本積立金を有するものとして計算して、清算所得額および法人税額を算出し、原告主張のような予納確定の各申告をし、納税をしたことを認め、その余の事実を争う。

同第五項の主張は争う。

(本案前の抗弁)

原告の本件訴えは、つぎの理由により不適法であるので、却下されるべきである。すなわち、

一、昭和四三年六月二九日付本件更正処分および同日付過少申告加算税の賦課決定については、その後昭和四四年七月八日付本件再更正処分および同日付過少申告加算税の賦課決定がなされたことにより、それらに吸収された結果、当然消滅したので、もはや存在しないものである。すなわち、一般に、更正、再更正の各処分は別個の行為ではあるが、増額再更正処分それ自体は、更正にかかる税額の脱漏部分だけを追加確認する処分ではなく、当初更正にかかる税額を含めて全体としての税額を確認する処分である。したがつて、再更正が有効になされると、更正は再更正と矛盾する内容をもつ処分として存続することが許されなくなるものと解せざるをえず、当初更正は、再更正の処分内容としてさらに吸収されて一体的なものとなり、独立の存在を失うものと解すべきである。

二、また、本件再更正処分については、原告は異議申立をなさずして所定の不服申立期間を徒過したので、国税通則法第八七条第一項本文により、不服申立の前置を経ないものであるから、訴えを提起しえないものである。

(被告の主張)

一、本件課税の根拠

(一) 清算所得の課税標準、申告および課税所得の内訳

原告は昭和二二年四月三〇日解散した清算法人であつて、右解散時施行されていた法人税法(昭和二二年三月三一日法律第二八号、以下旧法人税法という)第一四条第一項によれば、法人の清算所得は、法人が解散した場合において、その残余財産の価額が、解散当時の払込株式金額または出資金額を超過する場合のその超過額とするというのであつて、原告の申告および本件課税所得の内訳は、別表(一)記載のとおりである。

(二) 被告が、残余財産の価額につき未払金四六五万二、八〇〇円を否認し、二、四〇六万五、八三一円と算定し、かつ、資本積立金を否認した根拠

旧法人税法第二三条および旧法人税法施行規則(昭和二二年三月三一日勅令第一一一号)第二七条によれば、清算法人は税務署長に対し清算所得金額を記載した申告書とともに、解散時の財産目録および貸借対照表ならびに残余財産分配時における収支に関する明細等清算に関する計算書を提出することを要するものである。しかるに、原告の提出した確定申告書には、解散時における財産目録、貸借対照表および昭和三五年五月三一日以前における収支を明らかにする書類については、帳簿を紛失したとの理由で、その提出がなかつた。しかし、被告の調査によれば、解散時の財産目録および貸借対照表が存在していたことが判明したので、すでに原告が提出していた書類などとともに検討したところ、原告の申告には残余財産の価額のうち未払金四六五万二、八二〇円および資本等の金額に関して積立金一、三一一万五三〇、〇円がそれぞれ不当に計上されていることが認められた。すなわち、

(1) 残余財産の価額について

原告は、被告に提出した確定申告書に、別表(二)記載の分配時における貸借対照表を添付し、右貸借対照表に基づいて、資産科目未収入金二、八五六万五、八三一円から負債科目未払金計九一五万二、八二〇円(未払金四六五万二、八二〇円と未払金四五〇万円の合計)を差引いた一、九四一万三、〇一一円を残余財産確定日における財産価額として申告した。ところで、右未払金四六五万二、八二〇円については、原告が清算中の事業年度にかかる法人税予納申告書を提出するにあたつて納税すべきものとして算出した金額であるが、旧法人税法適用法人にあつては、右予納申告書提出の制度はなく、(予納申告制度は昭和二八年法律第一七四号により創設された)、したがつて、納税の必要のない未払税金となり、貸借対照表負債科目に計上すべき性質のものではないので、被告は、右未払金の計上を否認した後、残余財産の計算については、原告の申告にかかる未収入金額二、八五六万五、八三一円から未払金計九一五万二、八二〇円を差引いた残額一、九四一万三、〇一一円に、前記否認にかかる四六五万二、八二〇円を加算した金額二、四〇六万五、八三一円をもつて残余財産の価額とした。

(2) 積立金一、三一一万五、三〇〇円を否認した点について

資産再評価法附則一三によれば、昭和二五年三月三一日以前に解散した法人の再評価積立金額は、旧法人税法第一四条の規定による清算所得の計算については、当該法人の残余財産の価額から控除されることになつているが、原告は、前記貸借対照表に、原告所有土地に関してなした再評価にかかる積立金として一、三一一万五、〇〇〇円を計上するとともに、清算所得金額の申告に際し、右積立金相当額を残余財産の価額から控除した。ところが、被告の調査によるも、原告において、資産再評価法第四五条にしたがい、所定の申告書を、再評価日を含む事業年度終了の日から二か月以内に、所轄税務署長に提出した事績を認めることができなかつた。したがつて、原告において右再評価をした事実はないから、右積立金を計上することはできないものである。

二、原告の信義則違反の主張について

およそ、税務署における税務相談の実態は、課税のための実地調査に基づいて具体的指導を行う場合もあるが、かかる実地調査をしていない場合には、一般には、相談者の申立てた事情のみを基準として税務署の方でどこまで的確な判断ができるか疑問であるので、単に抽象的な指導にとどまるものであり、原告の場合にも、関係書類が紛失したとして明確でなく、単なる一般的な税務相談にすぎなかつた。このような一般的、抽象的指導は、納税者の便宜をはかるための事実上の行政作用にすぎず、行政処分ではなく、このような場合に原告主張のように信義則の理を適用すると、課税処分はいわゆる覊束行為であるのにかかわらず、税務、税務署長の裁量の余地を入れることになり、租税負担の公正、公平を害し、租税法律主義を破壊することになるものである。

仮りに、申告の際同署係官から原告主張のような指導示唆があつたとしても、原告は、自己の有する資料によつて原告所有の土地の帳簿価額が六万四、七二三円五四銭であることを自ら当初から知つていたにもかかわらず、これを秘し、まつたく同署係官に申述しなかつたものである。すなわち、原告は清算所得申告および予納申告を提出するにあたり、残存する資料として、解散時の貸借対照表があり、本件土地の帳簿価額が明らかであつたのにかかわらず、昭和三五年五月三一日以前の帳簿書類を紛失したとの理由で、原告独自の計算にもとづき昭和四二年六月一九日申告をしたが、その後被告が調査したところ、原告の解散時の貸借対照表の存在していることが判明し、本件土地の取得価額が当初より明白であつたことが明らかとなつたものである。

また、原告は、いつたん被告は原告の申告を是認したと主張するが、被告はこれを是認したものではなく、前記のとおり、被告が調査したところ、原告所有の土地の正当な取得価額が後に判明したので、それにより改めて所得計算を是正したものであり、また、予納申告についても、税務相談の際の同署係官と訴外神野の双方の誤解にもとづき、不必要な申告、納税のなされたことが判明したので、行政庁にこの是正の機会が与えられるべきことは当然である。

さらに、原告のなした予納申告は誤つた申告になるため、被告は昭和四四年七月八日これを取消し、あらためて同日本件再更正処分をしたものであるが、この際清算所得の法人税額を増額せしめた三六〇万〇、一〇〇円のうち、三一六万八、〇〇〇円については、申告が誤つているとはいえ、予納申告に基づいてすでに納税がなされている実情に鑑み、通則法第六五条第二項に規定する正当な理由があるものと考え、過少申告加算税の賦課を宥恕したものである。

以上によれば、信義則に反する旨の原告の主張は理由がないことになる。

第三、証拠<略>

理由

一、本案前の抗弁について

原告は本訴において、本件更正処分と本件再更正処分の両処分についてその取消を求めている。そこでまず本件更正処分の取消を求める訴えについて検討するに、一般に、課税処分の再更正は、当初の更正をそのままにして脱漏した部分だけを追加するものではなく、再調査により判明した結果に基づいて課税標準を決定するものであるから、再更正が行われた場合には、当初の更正は再更正に吸収化体されて当然その外形が消滅するものと解すべきである。これによれば、再更正に対する取消訴訟においては、再更正による増差額のみならず、申告額を超える部分のすべてについてその一切の瑕疵を主張して審理を受けることができ、これによつて目的を達することができるため、当初の更正を独立の対象としてその取消を求める利益はないことになる。したがつて、本件更正処分の取消を求める訴えおよびこれと同時になされた過少申告加算税の賦課決定の取消を求める訴えも不適法と解せざるをえない。原告の主張する通則法の各条項についても、右を覆す論拠になりえない。

つぎに、本件再更正処分の取消を求めるに訴えについて検討する。

原告が、右処分について所定の不服申立手続を経ていないことは当事者間に争いがない。そして、原告が本件更正処分について、被告に対する異議申立を経たうえで、名古屋国税局長に審査請求をし、昭和四四年五月二三日棄却の決定の通知を受け、その後の同年七月八日付をもつて被告が本件再更正処分をなしたことも当事者間に争いがなく、本件訴訟が提起されたのは同年八月二三日であることは、本件記録上明らかなところである。ところで、原告掲記の東京地裁判決(昭和四四年三月二六日)も判示するように、右のように、更正に対する不服申立手続を経由し、当該更正に対する法定出訴期間内で、かつその出訴前に再更正がなされた場合には、もし更正の取消を求める訴えが再更正のなされる前に提起されておれば、通則法第八七条第一項第三号により、再更正につき不服申立手続を経ないで訴えを提起できる場合となるのであつて、この趣旨に照らすと、たまたま本件のように、更正の取消を求める訴えが再更正のなされた後であるときは、再更正につきさらに不服申立手続を経なければならないとすれば、原告に不当な手続を強制することになるので、このような場合には、同条同項第四号後段にいう「正当な理由があるとき」に該るものと解するのが相当である。よつて、右抗弁は理由がなく、本件再更正処分およびこれと同時になされた過少申告加算税の賦課決定処分の取消を求める本件各訴えはいずれも適法である。

二、本案について

請求の原因一ないし五の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、被告主張の本件課税の根拠は、残余財産の価額のうち未払金四六五万二、八二〇円および資本積立金がそれぞれ計上されているのは不当であるとの点を除き、その余は当事者間に争いがない。そこで、原告の主張する、被告職員の指導ないしはその了解に基づく申告を無断で更正することは信義則に反するとの点につき考える。

ところで、原告は、被告が原告の確定申告に対し、本件更正処分において資本積立金一、三一一万五、三〇〇円を否認したこと、また本件再更正処分において残余財産確定日における財産価額のうち、予納申告書を提出するに当つて納税すべきものとして算出した未払金四六五万二、八二〇円を否認したことにつき、右資本積立金の計上については、訴外神野と同署係官との間において、その基礎となつた原告所有の土地の取得価額の計算につき昭和二八年度に再評価したものとすることに了解が得られ、同係官の指導のもとに確定申告を行つたものである旨、また、右予納申告書の件については、同署係官から予納申告の不必要なことにつき何ら指導がなかつた旨各主張するので、以下この点につき順次検討を加える。

三、資本積立金の計上について

原告は、訴外神野に、原告の代理人として、原告の清算所得につき、法人税の申告手続をすることを依頼し、訴外神野が、右手続に関し、同署係官のもとへ出頭し、原告の資料の一切が失われている実情を説明し、原告所有の土地の取得価額の計算方法を相談したことは、前記のとおり、当事者間に争いのないところであるが、証人神野清次の証言によれば、訴外神野は、昭和三六、七年ころ、原告から右依頼をうけたが、原告の古い帳簿書類は余りなかつたので、資料を得るため、被告の方の資料がどのようになつているかを同署係官に尋ねたところ、結局被告の方でも発見できなかつたこと、そこで、訴外神野は、原告所有の土地の譲渡による所得につき、昭和三七年ごろいつたん譲渡価額三六〇万円として申告したが、現実に譲渡代金が入らなかつたため納税することができず、これを撤回し、その後土地が現実に処分された昭和四一年ごろ、津島税務署法人税係担当の田舎片係長(以下田舎片係長という)に、同係長が右担当になつてからだけでも合計四、五回にわたり、申告の方法、土地の取得価額の問題につき相談し、その後本件確定申告書を提出したことが認められ、これに反する証拠はない。

しかし、同証人は、「同人が田舎片係長に対し確定申告書を見せた際、同人から、それでいいとはいわれなかつたが、貴方がそれでいいといわれるならそれで申告しなさい、と言われたので申告をした」旨、また、「双方が了解したという表現が適当かどうかわかりませんが、当時は、私はこのように思いますがどうでしようといつたところ、税務署の方で、それではそのように出して下さいといわれたので提出した。」旨証言しているところからみれば、訴外神野が田舎片係長に対し、原告所有の土地の取得価額について、昭和二八年度に再評価したものとして修正することまでの具体的方法につき、相談したことはあるにしても、同係官から訴外神野の方が指導を受けたり、あるいは右方法につき双方了解したことまでは、右証人の証言をもつてしてもこれを認めることはとうていできず、他にこれを証するに足りる証拠はない。

そして、前述程度の相談があつただけでは、原告が貸借対照表を田舎片係長に秘していたものか否かについての事実の有無を別にして、仮りに眼にふれ得る資料の中の一つとして入つていたものとしても、同係官において相談の場でただちに全資料を逐一検討を加えているとの証拠もないこと、本件では被告が実地調査を予め行つたため、具体的に全資料に基づいて検討した場合であるなどの立証もないので、訴外神野が提出した資料だけに基礎をおいて相談がなされていること、などの事情を考慮すれば、前述程度の相談をもつて、ただちに後に被告において更正するのは信義則に反するとはとうていいえないものと解すべきである。

四、予納申告について

<証拠>によれば、同人が昭和三七年ごろ、原告の法人税につき、昭和三三年度分から五年度分をいつたん予納申告したがのちにこれを撤回したことが認められ、これに反する証拠はなく、また、同人が昭和四二年六月一九日昭和三六年度分から五年度分の確定申告と同時に予納申告をなしたことは当事者間に争いがない。そして、原告が右予納申告をした際に同署係官から予納申告が不必要であることにつき何らの指導も受けなかつたことは前記証人の証言によつて認められるところであり、さらに、被告が本件再更正処分にいたつて初めて右予納申告の不必要であることを前提とした更正をなしたことは前記のとおり当事者間に争いのないところである。しかし、他方課税処分につき本来法適用の誤りがあれば、これを発見した段階において是正しうることは、原則として認められるべきであり、さらに、本件の場合、被告によつて否認されたのは、予納分の租税債務であつて、原告は、これにより多少の不利益を被るにしても、その不利益は、さほど重大なものとはいえないことを併わせ考えれば、結局原告の右主張をもつてただちに被告のなした本件再更正処分を信義則に反するものということはできないといわざるをえない。

五、さらに、原告は、被告はいつたん原告の確定申告を是認していた旨主張し、証人神野清次の証言によれば、同人は、昭和四二年六月一九日前記予納申告および確定申告をして一週間ほど後に、計算に誤りがあるとの連絡を受けたので同署係官のもとへ出頭し訂正したうえ納税を了したもので、その後何の連絡もなかつたところ昭和四三年六月中旬ごろにいたつて、同署係官から、呼出しをうけ、四、五万円不足であるかも知れないが承知をしてくれるか、との連絡をうけたので、これを了承したことが認められる。しかし、このことからただちに、被告が原告の申告を是認したものと認めるには十分でなくかえつて、同証人が、「清算所得の申告は特殊な例でしたので、色々税務署の方と相談して提出しましたし、申告から一年ほどの経過がありましたのでよいだろうと思つておりました。」と証言しているところから考えても、これは、単に訴外神野ないし原告の方で是認されたものと考えていたにすぎないものと言わざるをえない。

六、以上によれば、結局被告が資本積立金の計上を否認し、また予納申告が不必要であるため残余財産確定の日における財産価額を右予納申告のための未払金の分だけ否認した被告の本件再更正処分は相当というべきである。そして、本件再更正処分が違法である以上、本件更正処分との差額の法人税額の範囲内(前述のとおり、三六〇万〇、一〇〇円のうち、誤つた予納申告に基づきすでに納税されている三一六万八、〇〇〇円については加算の対象になつていないこと原告の明らかに争わないところである)で行われた昭和四四年七月八日付過少申告加算税の賦課決定もまた適法ということができる。

よつて、原告の本件更正処分のうち、清算所得金額九八七万九、一五一円、法人税額三一六万九、〇〇〇円を超える部分およびこれと同時になされた過少申告加算税の賦課決定処分の各取消を求める訴えはいずれも不適法として却下し、その余の請求はいずれもその理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(西川豊長 大塚一郎 川上孝子)

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